ポイント
・サクリピンが皮膚の老化に関与するエラスターゼ活性を阻害することを発見。
・サクリピンが肌の美容成分であるコラーゲンとヒアルロン酸の産生を促進することを発見。
・サクリピンが肌の美白効果(チロシナーゼ活性阻害、メラニン生成抑制)を示すことを発見。
・サクリピンが光および熱に対して安定な化合物であることを実証。
・サクリピンが肌の美容成分であるコラーゲンとヒアルロン酸の産生を促進することを発見。
・サクリピンが肌の美白効果(チロシナーゼ活性阻害、メラニン生成抑制)を示すことを発見。
・サクリピンが光および熱に対して安定な化合物であることを実証。
概要
スイゼンジノリは、古くから日本で食用利用されているラン藻(シアノバクテリア)の一種で、九州地方の一部でしか分布が確認されていない日本固有種です。環境省によって絶滅危惧 I 類に指定されており、収穫量が年々減少しています。
名城大学大学院総合学術研究科の景山伯春教授、本田真己准教授、内田美重大学院生らの研究チームは、2023年にスイゼンジノリがつくる新奇な紫外線吸収物質「サクリピン」を発見しました。その際、サクリピンが日焼けや日焼けによる炎症を引き起こすUVAおよびUVB領域の波長をよく吸収することと、アンチエイジングに寄与する抗酸化活性・抗糖化活性を示すことを報告しました。研究を進め、今回、研究チームは、サクリピンが有する肌質改善作用として、エラスターゼ活性阻害、チロシナーゼ活性阻害、メラニン生成抑制作用、コラーゲンおよびヒアルロン酸の産生促進作用を新たに発見しました。また、サクリピンが光照射および熱に対して化学的に安定な化合物であることを実証しました。これらの成果は、サクリピンがスキンケア化粧品への配合剤として有望な天然由来化合物であることを示しています。
研究成果は2024年11月2日(日本時間)に米国化学会が刊行する国際科学雑誌「ACS Agricultural Science & Technology(電子版)」に掲載されました。
自然界において、スイゼンジノリは環境変化の影響で絶滅が危惧される状態になっていますが、食用海苔同様に養殖が可能です。サクリピンの応用利用によってスイゼンジノリの需要が増えることは、養殖業や環境保全活動の活性化につながる慶事であり、絶滅回避につながることが期待されます。
名城大学大学院総合学術研究科の景山伯春教授、本田真己准教授、内田美重大学院生らの研究チームは、2023年にスイゼンジノリがつくる新奇な紫外線吸収物質「サクリピン」を発見しました。その際、サクリピンが日焼けや日焼けによる炎症を引き起こすUVAおよびUVB領域の波長をよく吸収することと、アンチエイジングに寄与する抗酸化活性・抗糖化活性を示すことを報告しました。研究を進め、今回、研究チームは、サクリピンが有する肌質改善作用として、エラスターゼ活性阻害、チロシナーゼ活性阻害、メラニン生成抑制作用、コラーゲンおよびヒアルロン酸の産生促進作用を新たに発見しました。また、サクリピンが光照射および熱に対して化学的に安定な化合物であることを実証しました。これらの成果は、サクリピンがスキンケア化粧品への配合剤として有望な天然由来化合物であることを示しています。
研究成果は2024年11月2日(日本時間)に米国化学会が刊行する国際科学雑誌「ACS Agricultural Science & Technology(電子版)」に掲載されました。
自然界において、スイゼンジノリは環境変化の影響で絶滅が危惧される状態になっていますが、食用海苔同様に養殖が可能です。サクリピンの応用利用によってスイゼンジノリの需要が増えることは、養殖業や環境保全活動の活性化につながる慶事であり、絶滅回避につながることが期待されます。
詳細な説明
1.背景
スイゼンジノリ(学名Aphanothece sacrum)(注1)は、日本固有の淡水性ラン藻(シアノバクテリア)(注2)で九州地方の一部でしか分布が確認されていない希少種です。このラン藻は、古くから食用利用されてきた歴史があり、現在でも高級食材として市場に流通しています。また、スイゼンジノリがつくる多糖類は保水力に優れ、「サクラン」として化粧品などに応用されています。
光合成微生物であるラン藻は、太陽光と大気中の二酸化炭素をつかって様々な有機化合物をつくり出します。そのうち、紫外線を吸収する物質は、サンスクリーン剤(日焼け止め)に配合可能な天然由来の美容成分として応用可能です。スイゼンジノリが乾燥ストレスに応答して生産する紫外線吸収物質「サクリピン」は、これまでにラン藻がつくりだす紫外線吸収物質として知られていたマイコスポリン様アミノ酸(MAA)(注3)やシトネミンとは構造が全く異なる化合物として2023年に景山教授らの研究チームによって発見されました。
サクリピンにはシス-トランス異性(注4)の関係にあるサクリピンAとサクリピンBが存在します(図1)。サクリピンA, Bは紫外線を吸収するだけでなくアンチエイジングに寄与する抗酸化活性(注5)と抗糖化活性(注6)を示します。乾燥スイゼンジノリ中にはサクリピンAが多く含まれていますが、サクリピンAに光照射処理を施すことで簡単にサクリピンBへと変換できることも分かっています。ヒト由来の培養細胞に対して毒性を示さないため、サクリピンは日焼け止めやスキンケア用途の化粧品製品へ配合可能です。また、サクリピンは食品由来の成分なので、経口サプリメントとしての応用可能性も考えられます。
光合成微生物であるラン藻は、太陽光と大気中の二酸化炭素をつかって様々な有機化合物をつくり出します。そのうち、紫外線を吸収する物質は、サンスクリーン剤(日焼け止め)に配合可能な天然由来の美容成分として応用可能です。スイゼンジノリが乾燥ストレスに応答して生産する紫外線吸収物質「サクリピン」は、これまでにラン藻がつくりだす紫外線吸収物質として知られていたマイコスポリン様アミノ酸(MAA)(注3)やシトネミンとは構造が全く異なる化合物として2023年に景山教授らの研究チームによって発見されました。
サクリピンにはシス-トランス異性(注4)の関係にあるサクリピンAとサクリピンBが存在します(図1)。サクリピンA, Bは紫外線を吸収するだけでなくアンチエイジングに寄与する抗酸化活性(注5)と抗糖化活性(注6)を示します。乾燥スイゼンジノリ中にはサクリピンAが多く含まれていますが、サクリピンAに光照射処理を施すことで簡単にサクリピンBへと変換できることも分かっています。ヒト由来の培養細胞に対して毒性を示さないため、サクリピンは日焼け止めやスキンケア用途の化粧品製品へ配合可能です。また、サクリピンは食品由来の成分なので、経口サプリメントとしての応用可能性も考えられます。
本研究では、サクリピンのさらなる有用性を探索する目的で、スキンケアの観点から重要な活性を調べると共に、化学的な安定性を評価しました。
2.研究内容及び本成果の意義
肌の弾力維持:エラスターゼ活性阻害作用
エラスターゼ(注7)は蛋白質分解酵素の一つで、肌の弾力を保つ蛋白質エラスチンを分解します。エラスチン繊維の減少により肌の弾力が低下し、しわやたるみの原因になることが知られています。スイゼンジノリから抽出・精製したサクリピンのエラスターゼ阻害作用を調べたところ、サクリピンA, Bともにエラスターゼ活性を強く阻害することが分かりました(図2)。この結果から、サクリピンには肌のハリを維持して老化を抑制する作用を有することが示されました。
肌質改善:コラーゲンおよびヒアルロン酸生産促進作用
コラーゲン(注8)は皮膚の真皮層に存在する繊維状の蛋白質で、エラスチンと共に皮膚組織の構造維持に関与しています。また、ヒアルロン酸(注9)は糖質の一種で保水力をもつため、肌の保湿や弾力に影響します。本研究により、サクリピンがヒト皮膚線維芽細胞のコラーゲンとヒアルロン酸の産生を促進させる作用を示すことが明らかになりました(図3)。コラーゲンの産生に対してはサクリピンA, Bともに促進効果を有し、ヒアルロン酸の産生に対してはサクリピンBが強い促進作用を示しました。これらの結果から、肌質改善作用をもつスキンケア化粧品への配合剤としてサクリピンBを応用できる可能性があります。
美白:チロシナーゼ活性阻害作用とメラニン生成抑制作用
紫外線照射ストレスを受けると、メラニン色素の合成が促進されてシミの原因となります。メラニンはメラノサイトと呼ばれる細胞中で、チロシナーゼ(注10)という酵素のはたらきによって生産されます。本研究により、サクリピンがチロシナーゼの活性を阻害し、マウスのメラノサイト由来培養細胞におけるメラニンの産生を抑制することを突き止めました(図4)。チロシナーゼ活性については、サクリピンAよりもサクリピンBが強い阻害作用を示しました。これらの結果は、サクリピンがシミの形成を抑制する美白剤としての機能を有することを示唆しています。
サクリピンの化学的安定性
サクリピンの光安定性と熱安定性を調査したところ、夏の平均太陽光強度の範囲にある 33,000 lux の光照射処理を8時間施してもサクリピンは分解されず安定でした(図5A)。また、70℃で2週間保温してもサクリピンの分解は確認できず、熱に対しても安定な化合物であることが明らかになりました。(図5B)。光および熱に対して安定であることは、サクリピンがサンスクリーン剤や日常のスキンケア製品への配合に適していることを示しています。
スイゼンジノリのエタノール抽出液におけるサクリピンの安定性と生理活性
本研究では、サクリピンを精製せずに調製した乾燥スイゼンジノリのエタノール抽出液中でもサクリピンが安定であることを示しました。また、このサクリピンを含むエタノール抽出液を用いた各種生理活性の測定を行い、エラスターゼ活性阻害作用、コラーゲン産生促進作用、ヒアルロン酸産生促進作用、メラニン生成抑制作用を示すことを明らかにしました。抽出液の状態での用途が見いだせれば、サクリピンの精製工程を必要としない為、コスト的・時間的なメリットがあります。
用語解説
(注1)スイゼンジノリ
日本固有種のラン藻。江戸時代から高級食材として珍重され、秋月藩に献上された。環境省のレッドリストで絶滅の危機に瀕している種として「絶滅危惧I類」に分類されている。スイゼンジノリがつくる多糖類「サクラン」は、優れた吸水性を示し、化粧品などの産業分野で注目されており、応用利用されている。
(注2)ラン藻(シアノバクテリア)
酸素発生型光合成を行うバクテリア。植物の葉緑体の祖先となったと考えられている。水域、陸域を問わず、地球上に多種多様なラン藻が広く分布している。
(注3)マイコスポリン様アミノ酸(Mycosporine-like amino acid, MAA)
ラン藻、微細藻類、海藻などがつくる天然のサンスクリーン剤。これまでに、60種類を超える MAA 類の化合物が報告されている。共通の基本構造にアミノ酸類が結合した化合物で、UV-A, UV-B 領域の波長を吸収するという特徴がある。
(注4)シス-トランス異性
化学式が同じだが、性質が異なる化合物を異性体という。シス-トランス異性は、有機化合物中の二重結合を挟んで存在している置換基の位置の違いによって生じる。二重結合に対して主要な置換基が同じ側に結合しているシス形と、反対側に結合しているトランス形がある。サクリピンAはトランス型、サクリピンBはシス型である。
(注5)抗酸化活性
活性酸素を補足して消去する活性を抗酸化活性という。動物は生命活動の維持のために酸素を必要とするが、酸素の一部は体内で活性酸素に変化する。活性酸素の蓄積は、細胞膜や蛋白質の変性につながり、老化や様々な疾病に関与している。
(注6)抗糖化活性
蛋白質の糖化を抑制する活性を抗糖化活性という。蛋白質と還元糖が結びつく糖化反応が進行すると、終末糖化産物(AGEs)が生成する。AGEsの蓄積は、蛋白質の構造や機能の異常の原因となり、老化や様々な疾病に関与している。
(注7)エラスターゼ
コラーゲンとともに結合組織の機械特性を決定している弾性繊維のエラスチンを分解するはたらきをもつプロテアーゼの一つ。エラスターゼ活性は加齢とともに増加することが知られている。
(注8)コラーゲン
脊椎動物において皮膚、骨、血管を含むさまざまな組織を構成する繊維状の蛋白質。人間を構成する蛋白質のうちコラーゲンが30%を占める。皮膚組織においてコラーゲンは繊維芽細胞から産生され、皮膚の弾力性やハリに大きく影響する。
(注9)ヒアルロン酸
生体内に広く分布するムコ多糖の一種。保水性が高く、1グラムのヒアルロン酸が、約6リットルの水を保持することが知られている。
(注10)チロシナーゼ
チロシナーゼ(モノフェノールモノオキシゲナーゼ)はチロシンを酸化する反応を触媒する酵素で、メラニン生成に関与する。
日本固有種のラン藻。江戸時代から高級食材として珍重され、秋月藩に献上された。環境省のレッドリストで絶滅の危機に瀕している種として「絶滅危惧I類」に分類されている。スイゼンジノリがつくる多糖類「サクラン」は、優れた吸水性を示し、化粧品などの産業分野で注目されており、応用利用されている。
(注2)ラン藻(シアノバクテリア)
酸素発生型光合成を行うバクテリア。植物の葉緑体の祖先となったと考えられている。水域、陸域を問わず、地球上に多種多様なラン藻が広く分布している。
(注3)マイコスポリン様アミノ酸(Mycosporine-like amino acid, MAA)
ラン藻、微細藻類、海藻などがつくる天然のサンスクリーン剤。これまでに、60種類を超える MAA 類の化合物が報告されている。共通の基本構造にアミノ酸類が結合した化合物で、UV-A, UV-B 領域の波長を吸収するという特徴がある。
(注4)シス-トランス異性
化学式が同じだが、性質が異なる化合物を異性体という。シス-トランス異性は、有機化合物中の二重結合を挟んで存在している置換基の位置の違いによって生じる。二重結合に対して主要な置換基が同じ側に結合しているシス形と、反対側に結合しているトランス形がある。サクリピンAはトランス型、サクリピンBはシス型である。
(注5)抗酸化活性
活性酸素を補足して消去する活性を抗酸化活性という。動物は生命活動の維持のために酸素を必要とするが、酸素の一部は体内で活性酸素に変化する。活性酸素の蓄積は、細胞膜や蛋白質の変性につながり、老化や様々な疾病に関与している。
(注6)抗糖化活性
蛋白質の糖化を抑制する活性を抗糖化活性という。蛋白質と還元糖が結びつく糖化反応が進行すると、終末糖化産物(AGEs)が生成する。AGEsの蓄積は、蛋白質の構造や機能の異常の原因となり、老化や様々な疾病に関与している。
(注7)エラスターゼ
コラーゲンとともに結合組織の機械特性を決定している弾性繊維のエラスチンを分解するはたらきをもつプロテアーゼの一つ。エラスターゼ活性は加齢とともに増加することが知られている。
(注8)コラーゲン
脊椎動物において皮膚、骨、血管を含むさまざまな組織を構成する繊維状の蛋白質。人間を構成する蛋白質のうちコラーゲンが30%を占める。皮膚組織においてコラーゲンは繊維芽細胞から産生され、皮膚の弾力性やハリに大きく影響する。
(注9)ヒアルロン酸
生体内に広く分布するムコ多糖の一種。保水性が高く、1グラムのヒアルロン酸が、約6リットルの水を保持することが知られている。
(注10)チロシナーゼ
チロシナーゼ(モノフェノールモノオキシゲナーゼ)はチロシンを酸化する反応を触媒する酵素で、メラニン生成に関与する。
掲載論文
雑誌名:ACS Agricultural Science & Technology
タイトル:Photo- and thermo-chemical properties and biological activities of saclipins, UV-absorbing compounds derived from the cyanobacterium Aphanothece sacrum
(食用ラン藻 Aphanothece sacrum 由来の紫外線吸収物質「サクリピン」光および熱化学的性質と生理活性)
著者情報:
Yoshie Uchida(内田美重・名城大学大学院総合学術研究科・大学院生)
Masaki Honda(本田真己・名城大学大学院総合学術研究科・准教授)
Rungaroon Waditee-Sirisattha(ルンガルーン・ワディティーシリサッタ・チュラロンコン大学理学部微生物学科・教授)
Hakuto Kageyama(景山伯春・名城大学大学院総合学術研究科・教授)
掲載日時:2024年11月2日(日本時間)に電子版に掲載
DOI: 10.1021/acsagscitech.4c00571
タイトル:Photo- and thermo-chemical properties and biological activities of saclipins, UV-absorbing compounds derived from the cyanobacterium Aphanothece sacrum
(食用ラン藻 Aphanothece sacrum 由来の紫外線吸収物質「サクリピン」光および熱化学的性質と生理活性)
著者情報:
Yoshie Uchida(内田美重・名城大学大学院総合学術研究科・大学院生)
Masaki Honda(本田真己・名城大学大学院総合学術研究科・准教授)
Rungaroon Waditee-Sirisattha(ルンガルーン・ワディティーシリサッタ・チュラロンコン大学理学部微生物学科・教授)
Hakuto Kageyama(景山伯春・名城大学大学院総合学術研究科・教授)
掲載日時:2024年11月2日(日本時間)に電子版に掲載
DOI: 10.1021/acsagscitech.4c00571
本件に関するお問い合わせ先
・研究内容に関すること
名城大学大学院総合学術研究科 教授
景山 伯春(かげやま はくと)
Tel: 052-838-2609
Email: kageyama@meijo-u.ac.jp
・広報担当
名城大学渉外部広報課
Tel: 052-838-2006
Email: koho@ccml.meijo-u.ac.jp
名城大学大学院総合学術研究科 教授
景山 伯春(かげやま はくと)
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名城大学渉外部広報課
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